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最高裁判所第二小法廷 平成8年(オ)2177号 判決 2000年3月24日

上告人

亡中村研一訴訟承継人

中村朝子

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

一岡隆夫

被上告人

中森博三

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人一岡隆夫の上告理由について

一  本件は、承継前上告人中村研一(以下「一審被告」という。)に対する債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求権を譲り受けたとする被上告人がその支払を求めるものであるところ、一審被告は、右請求権はその譲渡人との間の別訴における訴訟上の和解により放棄されて消滅したと主張し、これに対し、被上告人は、右譲渡人の訴訟代理人は和解において右請求権を放棄する権限を有していなかったから放棄は無効であると主張した。

二  原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  一審被告は、平成元年一〇月一日、所有する保養所施設二棟(以下「本件保養所」という。)について、被上告人が代表者を務めていた株式会社リゾート・イン京都(以下「訴外会社」という。)との間で、現実の管理運営には一審被告が当たり、訴外会社が諸経費を負担して、訴外会社において本件保養所を厚生年金基金等に利用させることを目的とする契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

2  訴外会社は、平成二年七月三一日、全国情報処理産業厚生年金基金と本件保養所の利用契約を締結したが、間もなく一審被告と訴外会社の間で紛争を生じ、一審被告は、訴外会社に対し本件契約の更新を拒絶して、平成三年三月二七日、右基金との間で直接に本件保養所の利用契約(以下「本件直接契約」という。)を締結した。そのため、訴外会社は、右基金から、同年四月以降における保養所利用契約の更新を拒絶された。

3  訴外会社は、平成三年六月二〇日ころ、本件契約上訴外会社が負担すべき諸経費を一審被告が水増し請求したとして、一審被告に対し、本件契約に基づき損害賠償を請求する訴訟を提起し、他方、一審被告は、同年八月一二日ころ、右諸経費の一部が未払であるとして、訴外会社に対し、本件契約に基づき、その支払を請求する訴訟を提起した。訴外会社は、坂和優弁護士に対し、両事件についての訴訟代理を委任したが、その際、和解についても委任した。

4  右両事件(以下「前訴事件」という。)は併合され、平成四年一月二〇日の口頭弁論期日において、訴外会社訴訟代理人の坂和弁護士及び一審被告の訴訟代理人が出頭し、(一) 双方の請求権の存在を認めた上、これらが対当額において相殺され、同額において消滅したことを確認すること、(二) 双方は、大津簡裁平成三年(ロ)第四五五号督促事件に係る債権を除くその余の権利を放棄し、双方の間に何らの権利義務がないことを確認すること(以下「本件放棄清算条項」という。)などを内容とする和解が成立したが、訴外会社の代表者であった被上告人は、右和解期日に出頭しなかった。

5  訴外会社は、その後、一審被告が本件直接契約をしたことが本件契約について債務不履行ないし不法行為に当たり、一審被告に対して損害賠償請求権(以下「本件請求権」という。)を有するとして、これを被上告人に譲渡した。

三  原審は、本件請求権は前訴事件において請求されていた権利とは別個の権利であり、訴外会社が坂和弁護士に本件請求権を放棄する旨の和解をする権限を与えていたとは認められないから、本件請求権については本件放棄清算条項は無効であるとして、本件請求権につき本件放棄清算条項の効力を認めて本件請求を棄却すべきものとした第一審判決を取り消し、本件を第一審に差し戻した。

四  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

前記二の事実関係によれば、本件請求権と前訴における各請求権とは、いずれも、本件保養所の利用に関して同一当事者間に生じた一連の紛争に起因するものということができる。そうすると、坂和弁護士は、訴外会社から、前訴事件について訴訟上の和解をすることについて委任されていたのであるから、本件請求権について和解をすることについて具体的に委任を受けていなかったとしても、前訴事件において本件請求権を含めて和解をする権限を有していたものと解するのが相当である。

五  したがって、これと異なる判断の下に、右和解において坂和弁護士が本件請求権を放棄する権限を有しなかったことを理由に、本件請求権について本件放棄清算条項は無効であるとした原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこれと同旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、原審の確定した事実によれば、被上告人の請求を棄却した第一審判決の結論は正当であって、被上告人の控訴はこれを棄却すべきものである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河合伸一 裁判官福田博 裁判官北川弘治 裁判官亀山継夫 裁判官梶谷玄)

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